対談・インタビュー

保育と看護、二つの手で医療的ケア児の成長を

対人支援職(看護スタッフ)
    中途入社障害児・医療的ケア児家庭支援
毛利 奈穂子

毛利 奈穂子

障害児訪問保育アニー 看護師。新卒で、国立成育医療研究センター(子ども専門病院)に勤めた後、クリニックや事業所内保育所の看護師を経て、フローレンスへ。入社した年の秋、保育士試験で保育士資格を取得。アニーでは看護技術マニュアルを作成・推進。

※こちらの記事はライター・エッセイストの碧月はるさんにご取材いただいたものです

認定NPO法人フローレンスのオフィスには、真っ白な木のオブジェがあります。元気に張り出した枝の周りをぐるりと囲んだデスクで、各々が大切にしたいもののために命に向き合う人たちがいます。 

木の成長は、ゆっくりと時間をかけて丁寧に育まれていくものです。早く早くと急かされても、その木に合った速度でしか成長しません。目に見えにくいだけで、その奥ではたしかに日ごと、命が育まれています。

人も木も、同じようなものだとよく思います。クスノキやシマトネリコのように成長が早いものもあれば、アスナロのようにゆっくりと成長するものもあります。どちらが良いとか悪いではなく、それぞれに合った環境で、それぞれが心地良く生きられる。そんな土壌を作ることが、何よりも大切であると思うのです。

土壌作りは、骨の折れる仕事です。人であっても木であっても、それは変わりません。しかし、とある理由から必要な援助が受けられず、一人きりで抱え込んでしまっている人たちがいます。

「医療的ケア児」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。鼻からチューブを通して必要な栄養を摂取する「経管栄養」などの医療的ケアが必要とされるお子さんは、保育園、幼稚園共に入園を拒否されてしまう場合がほとんです。そうなると、お子さんの育児、ケアは、親御さんの肩だけにのしかかってくることになります。

認定NPO法人フローレンスは、このような現状を改善するため、  「障害児訪問保育アニー」を設立しました。各家庭を保育スタッフ、看護師が訪問し、保育、看護の両面からお子さんの育児をサポートする仕組みになっています。

こちらで日々働いている看護師の毛利奈穂子さんに、アニーでのお仕事について詳しくお聞きしました。

「障害児訪問保育アニー」でのお仕事について

アニーに入社した理由を教えてください。

アニーの求人をネットで見たのがきっかけでした。居宅訪問型保育というサービスがあって、そこで看護師として働けるということを知り、親御さん、お子さん一人一人とじっくり関わりあえる働き方が魅力的であると感じました。

入社前に不安だったことはありますか?

フローレンスのHPに掲載されている記事や動画で、大体のお仕事の流れが把握できていたので、大きな不安はありませんでした。また、説明会のときのオフィスや人の雰囲気がとても明るく温かいものだったので、尚更安心できました。

ワークライフバランスの変化

それまでの病院勤務と比べて、ワークライフバランスの変化はありましたか?

日勤帯だけの仕事はこれまでも経験がありましたが、アニーは土日がお休みで、残業がないのが働きやすいです。また、有給も積極的に取るよう声をかけてもらえるので、リフレッシュ目的でお休みを取れるのも嬉しいです。

やりがいや大変なこと、大切にしていること

やりがいを感じる点、困難に思う点をそれぞれ教えてください。

やりがいを感じるのは、やはり子どもの成長が見られるとき、子どもの “初めて”を共有できる瞬間です。例えば、初めてお外を歩いた瞬間などに立ちあえる場合もあります。看護師という仕事を通して、病気のみならず日常も含めて共に歩める経験は貴重なので、とても嬉しく思います。

困難に思うのは、多職種連携の部分です。アニーでは保育士と看護師が一緒になってお子さんをみるのですが、情報共有等をする際、しばしば保育と看護の視点の違いを感じます。しかし、それは多角的な視点があるというメリットにも繋がっているので、困難というよりは、より理解を深めようと前向きに捉えています。

マンツーマンで看護するにあたって、大切にされていることを教えてください。

まず、専門知識をフル稼働して子どもたちの健康を守るのが第一の役目だと思っています。また、日々訪問しているからこそ気付ける小さな変化を見落とさないようにしています。

その他には、ご家族にとって一番良い方法を探すことを大切にしています。医療ケア一つにしても、親御さんが継続的にやりやすい方法を一緒に模索していきます。そのために、一つだけではなく幾つかの選択肢を提案しながら、ご家族としっかり話し合うようにしています。

親御さんたちとのコミュニケーション、頻度や方法について教えてください。

朝、帰りの引継ぎで話す他、連絡帳でのやり取りも含めてこまめに連絡を取り合っています。また、チャットツールでリアルタイムにお子さんの体調の変化などをお伝えする場合もあります。

また、置き薬を飲むタイミングや病院受診のタイミングなど、親御さんが判断に迷っている際に相談に乗ることもあります。

一人きりで抱え込まない、相談しあえる現場作りを

かかり付けの医師、スーパーバイザー、保育士、看護師同士で連携を取り合い、気になる点や体調面での不安を感じた際には、即座に相談しあい早期解決を目指していると毛利さんは言います。

個々で仕事をしていますが、後ろで様々なチームと繋がっているので安心感があります。「ジャンヌ(フローレンスの訪問看護師の呼称)」のチームのみならず、チーム外の看護師にアドバイスをいただくこともあります。子どもの体調の変化、心配ごとなどが発生した場合も、リアルタイムで連絡を取り合える体制が整っています。看護師一人で結論を悩む必要がないので、とても心強いです。

インタビューをさせていただいた当日も、体調の急変があったお子さんの元に駆け付けたという毛利さん。

具体的にどのように対応したのですか?

お子さんの元にいち早く到着できるよう、私は移動することに専念し、それ以外の看護師がミーティングなどを通して必要な話し合いを行いました。このようにチームで連携体制を取り、迅速で的確な看護を提供できるようにしています。

子どもの具合が悪くなるときはいきなりだったりもするので、観察眼が必要ですね。

いちはやく体調不良の予兆をキャッチして、ケアするように心がけています。

医療の現場では、目に見える情報と耳で聞き取った情報から、アセスメントを行います。アセスメントには、読み取る力、推理する力が求められます。こちらは日々の看護記録に保管されており、情報を共有できる形になっています。

また、チームでのミーティングもこまめに行っています。地域の福祉の方や通常の療育施設、医療機関との連携も取りながら、ご家族にとってより良い形で保育、看護を提供できるよう話し合いを行います。

このように一人が問題を抱え込まないで済む現場作りは、働く側だけでなく、お子さんを預ける親御さんにとっても、ひいてはお子さん自身にとっても、大きな安心に繋がっていくことでしょう。

笑顔の花が咲くのは、心が繋がった瞬間

お仕事中に一番笑顔になれる瞬間をお尋ねしたとき、毛利さんはこう教えてくれました。

玄関のチャイムを鳴らしてお部屋に入ると、子どもたちが私のあだ名を元気に呼ぶ声が聞こえるんです。私は毛利なので、「モーリー」って呼ばれているんですけど。「モーリー来た?」っていうはしゃぎ声が聞こえてきた瞬間は、もう、たまらないですね。お話ができない子もなかにはいるのですが、ハンドサインなどで合図をしてくれたりします。拍手でコミュニケーションを取ることもよくあり、気持ちが通じ合えたと感じるときは本当に嬉しいです。

このお話をしてくれたときの毛利さんの笑顔が、今でも目の奥に焼き付いています。心から嬉しそうに、愛おしそうに、顔をくしゃくしゃにして笑っている毛利さん。あぁ、この笑顔でいつもお子さんたちと接しているのだな、と一目でわかる表情でした。

入社しておよそ2年になるとのこと。2年間看護を通して関わり続けているお子さんもいらっしゃるそうで、アルバムなどを見返して成長をしみじみと感じる場面も多々あるようです。

アニーをご利用されているお子さんたちは成長や発達がゆっくりなお子さんが多いのですが、確実にその子なりの成長というものが見られます。長く丁寧に一人の子と関わり合えるからこそ、見える部分でもありますね。

ゆっくりでも成長している。静かに、しかし確実に。そう言い切る毛利さんの言葉には、温かな愛情と強い意志を感じました。家族以外の人の支えがあってこそ、親御さんたちは安心して子育てに向き合うことができます。一人一人の成長を見守っていく。その根っこを支えるプロならではの力が、切実に必要なのだと感じました。

子どもの安全基地を守るためには、親の心にこそ安全基地が必要である

一人きりで育児のすべてを背負い込むのは、あまりにも大きな重圧になります。まして、医療的ケアがあるなら、それは尚更のこと。子育てを通して感じる不安、悩み、そういったあれこれを相談できる場所がある。いざというとき、頼れる人がいる。子どもにとって家庭が安全基地であるには、そういうセーフティゾーンが親側にあることが何よりも求められます。親の心に安全基地があるか。それこそが、子どもたちが健やかに生き抜けるかどうかの分かれ道になっていると思うのです。

「障害児訪問保育アニー」が提供しているのは、看護や保育のサービスです。しかし実際にはそれだけに留まらず、親御さんたちの精神的な居場所、レスパイトケア(休息)に繋がるものであると、毛利さんのお話を聞かせていただくなかで強く感じました。

その子なりの速度に寄り添いながら、成長を見守りたい。

当たり前のようでいて、まだまだ手が届きにくいと感じるこの”想い”が広まることを、心から願っている人たちがいます。また、その想いを受け取りたいと、必死に腕を伸ばしている親子がいます。

「医療的ケアが必要である」という理由だけで保育を受けられないお子さん、その親御さんの現状の厳しさを改善するためには、まだまだたくさんの人の力が必要です。

子どもたちの未来を守れるのは、私たち大人です。産まれてきたすべての命が、大きな安心に包まれて育つことのできる社会へ。そのためにできることを、今この瞬間から始めてみませんか。

この記事の著者

碧月はる
碧月はる

ライター、エッセイスト。書くことは呼吸をすること。メディアにエッセイ、映画コラムを寄稿しています。
その他、noteにてエッセイ、小説を執筆中。note内私設コンテスト「Muse杯」Muse賞(グランプリ)受賞。
海と珈琲と二人の息子を愛しています。

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